大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)10184号 判決

原告 笠井ヨシ

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 松田武

被告 有限会社 大塚組

右代表者代表取締役 大塚敬二

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 伊達利知

溝呂木商太郎

伊達昭

沢田三知夫

奥山剛

主文

一  被告有限会社大塚組及び被告安藤功三は、各自、原告笠井ヨシに対し、金四三一万八、四八九円及び内金四〇一万八、四八九円に対する昭和四七年一二月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し、各金一三四万一、六七四円及び内金一二二万一、六七四円に対する昭和四七年一二月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告有限会社大塚組及び被告安藤功三に対するその余の請求並びに被告住友海上火災保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告有限会社大塚組及び被告安藤功三との間に生じた分は、これを三分しその一を右被告両名、その余を原告らの負担とし、原告らと被告住友海上火災保険株式会社との間に生じた分は、原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、「(一) 被告有限会社大塚組及び同安藤功三は、各自、原告笠井ヨシに対し、金一、〇二九万九、二五八円及び内金九九九万九、二五八円に対する昭和四七年一二月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告笠井克利、同菊池智惠子及び同上田牧子に対し、それぞれ金四五三万二、八四一円及び内金四三三万二、八四一円に対する右同日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二) 被告住友海上火災保険株式会社は、原告笠井ヨシに対し、金八六一万九、四二五円及びこれに対する昭和四七年一二月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、原告笠井克利、同菊池智惠子及び同上田牧子に対し、それぞれ金三七九万三、五二五円及びこれに対する右同日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三) 訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因等

原告ら訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

亡笠井猪一は、昭和四七年一二月八日午前六時頃、神奈川県川崎市中原区上小田中一、三一七番地先路上を歩行中、被告有限会社大塚組(以下「被告大塚組」という。)の所有に属し、その被用者である被告安藤の運転に係る普通貨物自動車(横浜四四ぬ一六一六号。以下「加害車両」という。)に衝突され、直ちに川崎市中原区所在の東横病院に入院し、治療を受けたが、昭和四八年二月一八日、同病院において死亡した。

二  責任原因

1  被告安藤は、前方不注視の過失により本件事故を発生させたものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき亡猪一及び原告らが被った後記の損害を賠償する責任がある。

2  被告大塚組は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、本件事故により亡猪一及び原告らが被った後記の損害を賠償する責任がある。また、被告大塚組は、その被用者である被告安藤がその事業の執行につき前記過失によって本件事故を発生させたのであるから、民法第七一五条第一項の規定に基づいても亡猪一及び原告らが被った損害を賠償する責任がある。

3  被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告住友海上」という。)は、昭和四七年六月二九日、被告大塚組との間で、加害車両につき、被告大塚組を被保険者とし、保険期間を契約締結の日から一年間、保険金額を金二、〇〇〇万円とする自動車対人賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していたから、被告大塚組が原告らに対して損害賠償責任を負担することによって受ける損害をその保険金額の限度内でてん補する責任があるところ、原告らは、本件事故に関し被告大塚組に対し前記のとおりの損害賠償債権を有するから、この債権を保全するため、被告大塚組が被告住友海上に対して有する右保険金請求権を代位行使する。

なお、原告らが、本件において、被告住友海上に対し債権者代位権を行使する場合には、被告大塚組の無資力はその要件ではない。すなわち、本件のような交通事故による損害賠償請求訴訟においては、被害者の加害者に対する損害賠償請求権と加害者の保険会社に対する保険金請求権とは密接不可分の牽連関係にあり、かつ、保険者の支払う保険金は被害者に対する損害の賠償を確実ならしめ、又はその賠償に当てられるという特別の関係にあるものであって、被害者は自己の特定の損害賠償請求権を保全するため、その担保ともいうべき加害者の特定の保険金請求権を代位行使するものであるから、このような場合には、加害者である被保険者の責任財産の多少を問題にする必要はないと解すべきである。

仮に、被告大塚組の無資力が債権者代位権を行使するための要件であるとしても、被告大塚組は、原告らの損害賠償請求権を満足させるに十分な責任財産を有していないから、右要件は充足されている。すなわち、被告大塚組は、昭和四一年六月一日に設立され、現在資本金六〇〇万円、従業員数二八名の土木建築基礎工事業を目的とする有限会社であるが、同四八年秋のいわゆる石油ショック以来の不況、殊に土木建築業の不振で総売上高は伸びず、また、人件費、油、燃料費等の値上りによる経費高でその営業成績は窮迫状態にある。被告大塚組の同四九年五月三一日付貸借対照表によると、現金、預金、売掛金、未成工事支出金等流動資産合計額は金六、七五六万四九八円であるに対し、支払手形、短期借入金、未払費用、未払金等流動負債合計額は金八、四五一万四、八九七円でマイナス金一、六九五万四、三九九円となっており、また、資産中主要なものである有形固定資産合計額金八、七八〇万四、九一二円のうち、大部分を占める建物造作、機械装置、車両運搬具、土地等にはその全部につき優先的な担保権が設定されており、固定負債合計額は金四、七〇三万七、三三一円に達し、更に、当期利益は金九九二万二、二一四円であったが、次期繰越利益は金三四二万二、二一四円にすぎない。以上いずれをみても、被告大塚組に対する原告らの債権満足は困難であるから、結局、被告大塚組は無資力というべきである。

責任保険契約は保険事故の発生による損害のてん補を目的とするから、保険事故が発生した以上、これによる損害をてん補する義務を生ずるものというべく、少なくとも被告住友海上が本件事故の発生を知ったときに履行期が到来するものと解すべきところ、被告住友海上は本件訴状の送達の日までには本件事故の発生を知っていたものである。なお、被告住友海上の主張する改正普通保険約款第一七条第一項は単なる希望条項で効力条項ではなく、仮に、効力条項であるとしても、加害者である被告大塚組に対する損害賠償請求と被告住友海上に対する保険金の代位請求が併合されて提起されている本件のような場合には、前記条項の賠償責任額の確定の要件は緩和されるべきである。

三  相続関係

原告笠井ヨシは亡猪一の妻、原告笠井克利、同菊池智惠子及び同上田牧子はいずれも亡猪一の子であって他に亡猪一の相続人はなく、原告らは、法定相続分(原告ヨシは三分の一、その余の原告らはいずれも九分の二)に応じて、亡猪一の本件事故による損害賠償請求権を相続した。

四  損害

本件事故により亡猪一及び原告らが被った損害は、次のとおりである。

1  原告らの積極損害

原告らは、本件事故に関し、以下の諸費用を支出し、同額の損害を被った。

(一) 亡猪一の葬儀関係費用

a 寺への支払  金一五万三、〇〇〇円

b 葬儀屋への支払   金一八万円

c 通夜の料理代  金八、〇六〇円

d 葬儀用写真代  金二、〇〇〇円

e 火葬場での茶菓子代  金一、六〇〇円

(二) 原告克利等の旅費  金一一万一、六〇〇円

亡猪一の見舞のため、原告笠井克利が昭和四八年一月二一日北海道から上京した費用(金三万七、二〇〇円)及び亡猪一の葬儀出席のため、同年二月一九日、同原告夫婦が上京した費用(金七万四、四〇〇円)の合計額である。

(三) 亡猪一の入院関係費用

a 紙おむつ代   金一、五〇〇円

b 入院看護のための交通費  金四、二〇〇円

c 付添看護料  金三万六、〇〇〇円

d 電話料等の雑費    金一万円

2  川崎市中原福祉事務所が立て替えた亡猪一の治療費   金一〇六万四一二円

3  1及び2の費用についての負担

以上1及び2の合計金一五六万八、三七二円は、前記相続割合に応じて、原告笠井ヨシが金五二万二、七九〇円、その余の原告らがそれぞれ金三四万八、五二七円あて負担した。

4  亡猪一の損害

(一) 逸失利益  金一、七二五万九、一一〇円

亡猪一は、本件事故当時六一歳の男子で、神奈川化成株式会社(以下「神奈川化成」という。)に勤務して給料の支給を受けていたが、そのほかに農林漁業団体職員共済組合(以下「共済組合」という。)より退職年金を受給していたものであるところ、本件事故で死亡したことにより次のとおり得べかりし利益を喪失した。

a 神奈川化成における給料の逸失利益

亡猪一は、神奈川化成から、月額金五万円の給料を受けていたが、亡猪一の神奈川化成への勤務はいわゆる第二次就職であって停年がなく、したがって、昭和四六年簡易生命表による六一歳男子の平均余命年数一五・八四年間稼働することができ、神奈川化成に勤務中毎年年額六万円を下らない昇給を続けたはずである。一方、毎月の生活費は、亡猪一の妻である原告ヨシがイトーヨーカ堂の寮において寮母として勤務し、亡猪一も同寮内において同原告と寝食をともにしていた事情があり、一か月金一万円である。以上を基礎として、定額昇給を加味した逸失利益現価係数表に基づき、ホフマン方式によって年五分の中間利息を控除して亡猪一の得べかりし給料の現価を算出すると金一、〇八九万三、六〇〇円となる。

b 共済組合より受ける退職年金の逸失利益

亡猪一は、昭和四九年九月現在共済組合より年金として金六二万二、一四四円の支給を受けていたものであるから、その後においても前記余命年数一五・八四年の間その支給を受けえたものであり、また、毎年金六万二、二一四円(約一〇パーセント)ずつ年金額は増加したはずである。以上を基礎としてaと同様の方法で亡猪一の得べかりし退職年金の現価を算出すると金一、二七三万一、〇二一円となるが、遺族は請求により遺族年金として退職年金の半額を受給できるので、これを控除すれば、実際の逸失利益は金六三六万五、五一〇円となる。

なお、被告らは右退職年金の逸失利益性及び原告らによるその相続を争うが、人身事故における逸失利益とは、事故がなかったとすれば、被害者が取得できたはずの現実的な利益ないし所得のことであるから、亡猪一の得べかりし退職年金も逸失利益となり、また、右退職年金は生活保障的性格よりも損失補償の性格を強く有するものであり、その逸失利益性が極めて高いから、その相続性も当然認められるものである。

(二) 慰藉料       金一〇〇万円

亡猪一は、本件事故により多大の精神的苦痛を受けたものであり、これに対する慰藉料は金一〇〇万円が相当である。

(三) 亡猪一の損害についての配分

以上(一)及び(二)の合計金一、八二五万九、一一〇円の損害賠償請求権は、前記相続分に応じて、原告笠井ヨシが金六〇八万六、三七〇円、その余の原告らがそれぞれ金四〇五万七、五八〇円あて承継した。

5  原告らの固有の慰藉料

原告らは、亡猪一と前記身分関係を有するところ、本件事故による同人の不慮の死に遭い、その精神的苦痛は深刻なものがあり、これを慰藉するには、原告笠井ヨシにつき金五〇〇万円、その余の原告らにつきそれぞれ金一〇〇万円をもって相当とする。

6  損害のてん補

原告らは、本件事故に関し、自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)より保険金金四八二万九、七〇〇円を受領したが、原告笠井ヨシの前記損害額に右保険金内金一六〇万九、九〇〇円、その余の原告らの前記損害額に右金員の内それぞれ金一〇七万三、二六六円を前記1ないし5の損害順に充当した。

7  弁護士費用

原告らは、被告らが任意に支払に応じないため、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、その費用として原告笠井ヨシが金三〇万円、その余の原告らがそれぞれ金二〇万円を支払った。

8  合計

以上1ないし5の損害額から6の金額を控除し、7の金額を加えると各原告の請求しうる損害額は、原告笠井ヨシにつき金一、〇二九万九、二五八円、その余の原告らにつきそれぞれ金四五三万二、八四一円となる。

五  よって、被告大塚組及び同安藤各自に対し、原告笠井ヨシは金一、〇二九万九、二五八円及び右金員から弁護士費用を除いた内金九九九万九、二五八円に対する本件事故発生日の後である昭和四七年一二月九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告笠井克利、同菊池智惠子及び同上田牧子はそれぞれ金四五三万二、八四一円及び右金員から弁護士費用を除いた内金四三三万二、八四一円に対する右同日から支払済みに至るまで右同率の割合による遅延損害金の各支払を求め、また、被告住友海上に対し、被告大塚組が原告らに対して賠償すべき前記損害額の内本件保険金額の限度内で、各原告の被告大塚組に対する右損害額の比率に応じて、原告笠井ヨシは金八六一万九、四二五円及びこれに対する前記昭和四七年一二月九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告笠井克利、同菊池智惠子及び同上田牧子はそれぞれ金三七九万三、五二五円及びこれに対する右同日から支払済みに至るまで右同率の割合による遅延損害金の各支払を求める。

六  被告らの抗弁に対する答弁

1  過失相殺の抗弁事実のうち、亡猪一に過失があったとの点は、争う。

2  弁済の抗弁2の事実は、いずれも認めるが、雑費中の香典金三万円は損害のてん補とはならない。

第三被告らの答弁等

被告ら訴訟代理人は、請求原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一項の事実は、認める。

二  同二項中1の事実は、否認する。同項2のうち、被告大塚組が加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは、認める。

三  同二項3のうち、被告住友海上が被告大塚組との間で本件保険契約を締結していたことは認めるが、被告大塚組が無資力であるとの事実及びその余の主張はいずれも争う。本件保険契約締結後の昭和四七年一〇月自動車保険普通保険約款は改正され、同年同月一日以降に発生した事故については旧約款を適用した方が被保険者に有利となる場合を除き改正約款の内容により取り扱われることとなったものであるところ、改正約款(第三章第一七条参照)によると、賠償保険の保険金請求権は、加害者の賠償すべき損害額が被保険者と損害賠償請求者との間で確定した時から発生し行使しうるものと定められているから、この規定によるときは原告らの代位請求に係る保険金請求権は未だ発生しておらず、原告らの被告住友海上に対する請求は失当である。

四  同三項の事実は、認める。

五  同四項1、3及び4の事実は、知らない。また、同項2の事実は、否認する。川崎市中原福祉事務所が支出した金額は一〇五万九、四一二円であり、かつ、この中には生活扶助費一万六、七〇二円が含まれているから、この金額は損害額から控除すべきである。また、亡猪一が共済組合から受給していた退職年金を喪失した旨の原告らの主張は、死亡による損害としての逸失利益は稼働能力を喪失したことによる損害であって、労働能力に関係のない所得の喪失を含まないものと解すべきところ、退職年金は受給権者が生存している限り稼働能力とは関係なく支給されるものであるから、逸失利益とは認めるべきではない。のみならず、農林漁業団体職員共済組合法の退職年金は、組合員及びその扶養家族の生活保障を目的とするすぐれて一身専属的な給付であり、本人が死亡した場合には退職年金受給権は消滅して、その扶養遺族に対する遺族年金に転換するから、受給権喪失による損害賠償請求権の相続を認める余地はない。

六  同四項5ないし7については、原告らが責任保険よりその主張の額の保険金を受領したことは認めるが、その余の事実はいずれも知らない。

七  抗弁

1  過失相殺

仮に、被告安藤に過失があるとしても、本件事故発生については、亡猪一にも重大な過失があったから損害額の算定に当たり、斟酌すべきである。すなわち、本件事故現場は、国鉄南武線に並行し、同線武蔵小杉駅方面から武蔵新城駅方面へ通ずる幅員約一五メートルの道路(以下「本件道路」という。)と、下新城方面から丸子橋方面へ通ずる幅員約六メートルの道路とがx状に変則交差する交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)付近であるが、被告安藤は、原告ら主張の日時頃、加害車両を運転して、本件道路を武蔵小杉方面から武蔵新城方面へ向かい時速約四〇キロメートルで進行し、本件交差点入口付近で一旦減速した後、加速し、本件交差点出口付近に差しかかったところ、進路左前方約一〇メートルの地点に、本件交差点の横断歩道外五・七メートルのところを左から右に向って酒気を帯びふらふらしながら歩行中の亡猪一を発見し、危険を感じて直ちに急制動をかけるとともに右転把したが、及ばず自車の左前部を亡猪一の右腰部に衝突させたものであり、このように、亡猪一には、人通りの少ない未明、付近に横断歩道があるにもかかわらず横断歩道外を、左右の安全を確認することなく横断した重大な過失がある。

2  弁済

(一) 被告大塚組は、本件事故に関して、原告らに対し次のとおり合計金八四万七、四一五円を支払った。

(1) 葬儀費    金一七万三〇〇円

(2) 治療費  金五二万一、三四五円

(3) 診断書料    金一、五〇〇円

(4) 入院部屋代差額  金九万一、八七〇円

(5) 雑費    金六万二、四〇〇円

内訳は、香典金三万円、タオルケット代金一万一、七七〇円、湯上りタオル等代金一万七、〇〇〇円、紙オムツ代金三、六三〇円である。

(二) 川崎社会保険事務所は、本件事故に関し、健康保険あるいは日雇労働者健康保険による給付として亡猪一に対して傷病手当金四万四、八〇〇円を支給したが、被告大塚組は同事務所の求償に応じて同額の金員を支払った。

しかして、以上の弁済分は、原告らの請求しうる額に弁済分中原告らが本訴で請求している葬儀費を除いた額を加えた損害全体について過失相殺をした後の賠償責任額から控除すべきである。

第四証拠関係《省略》

理由

(事故の発生)

一  亡猪一が、昭和四七年一二月八日午前六時頃、神奈川県川崎市中原区上小田中一、三一七番地先路上を歩行中、被告大塚組の所有に属し、その被用者である被告安藤の運転に係る加害車両に衝突され、直ちに東横病院に入院して治療を受けたが、同四八年二月一八日、同病院において死亡したことは、当事者間に争いがない。

(本件事故の状況及び過失関係)

二 《証拠省略》を総合すると、(一)本件事故現場は、国鉄南武線に並行し、同線武蔵小杉駅方面から武蔵新城駅方面へ通ずる道路(本件道路)と、下新城方面から丸子橋方面へ通ずる道路(以下「交差道路」という。)とがx状に変則交差する交差点(本件交差点)付近の本件道路上であり、本件道路は、センターラインにより片側一車線に区分されたアスファルト舗装の道路であって、歩車道の区別がなく、本件交差点をはさんで武蔵小杉側の全幅員は八メートルないし一〇メートルであるが、交差点直前は丸子橋方向に道幅が広くなっていて一七、八メートルあり、他方、武蔵新城側の全幅員は一五、六メートルであるが、本件交差点を中心に本件道路武蔵新城側と交差道路下新城側とにはさまれた非道路部分の土地が本件道路武蔵新城側にせり出しているため、本件道路は武蔵小杉方面から武蔵新城方面に向かって本件交差点で幾分右に曲がり、更に、その先で左に曲がり蛇行状を呈し、武蔵小杉方面から本件交差点付近の見通しは、前方及び左方とも比較的良好であること、(二)交差道路は、本件交差点をはさんで丸子橋側が幅員五・八メートル、下新城側が幅員六・四メートルで、下新城方面交差点手前には、国鉄南武線の踏切があること、(三)本件交差点には、武蔵小杉側及び武蔵新城側に横断歩道が設置されていたが、本件事故当時信号機はなく、交通整理は行われていなかったこと、(四)本件道路は、本件事故当時、小雨が降っていたため路面が濡れて滑りやすく、事故当時の現場付近の明るさは、日の出前で、かつ、雨天であったため暗く、当時、自動車及び歩行者の往来はほとんどなかったこと、(五)被告安藤は、前示日時頃、加害車両を運転して本件道路左側をセンターラインから約一・二メートル離れて武蔵小杉方面から武蔵新城方面に向かい時速約四〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点付近に差しかかったところ、交差道路下新城側の前記踏切付近を本件交差点に進入してくるタクシーを認め、一旦、減速して、武蔵小杉側横断歩道手前に達した時、右タクシーが交差点の入口付近で停車し加害車両に進路を譲ったため、再び時速約四〇キロメートルに加速して右タクシーの前を直進通過したのであるが、当時、加害車両は前照灯を点けており、他方、前記タクシーも前照灯を点灯のままで停車したため、加害車両が本件交差点を通過する際双方の照射するライトが交差し、かつ、雨天で濡れた路面にライトが反射して加害車両の進路前方に対する見通しが一時的に困難になったこと、(六)右の状況のもとに、被告安藤が前記タクシーの前方を通過して本件交差点の武蔵新城側横断歩道直前まで進行した時、折柄、進路約一〇メートル前方(右横断歩道の前方五・七メートル)に、本件道路左端から約五・二メートルの地点を黒のコートを着て黒い蝙蝠傘をさし、酒気を帯びて下新城方向から丸子橋方向に横断歩行中であった亡猪一を発見し、急制動をかけるとともに右転把したが及ばず、同人に加害車両の左前部バンパーを衝突させたこと、以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

以上認定の事実によれば、被告安藤は、本件事故当時、路面が滑りやすくなっており、かつ、本件交差点通過時加害車両及び前記タクシーのライトで進路前方の見通しが一時的に困難になったのであるから、減速徐行し、進路前方の安全を十分に確認しながら加害車両を進行させる注意義務があるにかかわらず、これを怠り、かえって、本件交差点手前で一旦減じた速度を再び時速約四〇キロメートルに加速して加害車両を進行させた点において過失があるものというべきであるが、一方、亡猪一においても、人通りのほとんどない未明、横断歩道を渡らず、そこから五・七メートル離れた地点を酒気を帯び、左右の安全を全く確認することなく横断した点に過失があったものと認められるから、右過失を損害賠償の額を決するにつき斟酌するを相当とするところ、本件事故現場付近の状況、事故態様等に照らすと、後記損害額の二割を過失相殺するのが相当である。

(責任原因)

三 被告安藤及び同大塚組は、次の理由により、本件事故につき損害賠償の義務あるものというべきである。

1  被告安藤は、本件事故の発生につき前示の過失があるから、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により亡猪一及び原告らが被った損害を賠償する義務がある。

2  被告大塚組が加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、同被告は自賠法第三条の規定に基づき、本件事故により亡猪一及び原告らが被った損害を賠償する義務がある。

(相続関係)

四 原告笠井ヨシが亡猪一の妻、その余の原告らがいずれも亡猪一の子であって、他に亡猪一の相続人はなく、以上の各原告がそれぞれの法定相続分(原告笠井ヨシが三分の一、その余の原告らがいずれも九分の二)に応じて亡猪一の本件事故による損害賠償請求権を相続したことは、当事者間に争いがない。

(損害)

五 よって、以下亡猪一及び原告らが本件事故により被った損害の額につき判断することとする。

1  原告らの積極損害

(一)  葬儀関係費用

《証拠省略》を総合すると、原告らは亡猪一の本件事故に基づく死亡により同人の葬儀を執り行い、右葬儀に関する費用として金三〇万円を下らない金額を支出したものと推認され、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  原告笠井克利等の旅費

前示亡猪一の葬儀執行の事実に《証拠省略》を総合すると、原告笠井克利は、亡猪一の長男であり、昭和四八年一月二一日猪一の病気見舞のため、また、その後、妻とともに亡猪一の葬儀に出席するため、北海道から上京し、その際往復旅費として金一一万一、六〇〇円を支出したことを認めることができ、同原告と亡猪一との前示身分関係にかんがみれば、右支出は本件事故と相当因果関係のある損害と認めるを相当とする。

(三)  亡猪一の入院関係費用

(1) 入院経過

亡猪一が本件事故直後から昭和四八年二月一八日死亡するに至るまで東横病院に入院して治療を受けていたことは前示のとおりであるが、《証拠省略》を総合すると、亡猪一は、本件事故により頭部外傷及び頭蓋内血腫の傷害を受け、東横病院入院後程なく意識不明の状態に陥り、右状態は死亡に至るまで継続したこと、同人の近親者である原告らは、亡猪一が本件事故に遭遇し東横病院に入院したことを当初は知らず、行方不明として警察に家出人捜索願を出し、一方、亡猪一は身元不明者として扱われていたが、警察からの連絡により原告らは亡猪一の入院を昭和四八年一月一八日知るに至ったものであることが認められる。

(2) 紙おむつ代

《証拠省略》によれば、原告らは亡猪一の入院中要した紙おむつ代として金一、〇五〇円を支出したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(3) 付添看護料

原告笠井ヨシ本人尋問の結果によれば、同原告は亡猪一の入院を知った昭和四八年一月一八日から同人の死亡した同年二月一八日まで三二日間、毎日東横病院に赴いて同人の付添看護に当たったことが認められるところ、同人の前示傷害の程度、症状からみて、右付添看護が必要であったものということができ、その病状等に照らし、右付添看護料は一日金一、〇〇〇円として評価するを相当とするから、結局、付添看護料は金三万二、〇〇〇円となる。

(4) 入院雑費

前示亡猪一の入院状況、原告らが亡猪一の入院を知った経緯及び時期に弁論の全趣旨を総合すれば、原告らは昭和四八年一月一八日から亡猪一の死亡に至るまでの三二日間、亡猪一の入院諸雑費として少なくとも、一日金三〇〇円あて計金九、六〇〇円を支出したものと推認することができる。

(5) 看護のための交通費

《証拠省略》を総合すれば、亡猪一の入院していた川崎市中原区小杉三の四三五所在の東横病院は南武線武蔵小杉駅の近くにあり、原告笠井ヨシは、付添看護のため三二日間にわたり同原告住居地の最寄りの駅である国鉄南武線溝ノ口駅から右武蔵小杉駅まで片道金四〇円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右事実によれば、同原告は、亡猪一看護のための交通費として、金二、五六〇円を支出したものと認められる。

(四)  積極損害についての負担

弁論の全趣旨によれば、以上の諸費用合計金四五万六、八一〇円は前示相続割合に応じて原告笠井ヨシが金一五万二、二七〇円、(円未満切捨。以下同じ。)その余の原告らがそれぞれ金一〇万一、五一三円あて負担したものと認められ、これを動かすに足る証拠はない。

2  福祉事務所の医療扶助費用

亡猪一が東横病院に入院中昭和四八年一月一八日までは身元不明者として扱われていたことは前記認定のとおりであるが、《証拠省略》によれば、右事情のため、亡猪一は同病院入院中の生活費及び治療費等につき川崎市中原福祉事務所から、昭和四七年一二月一二日から同四八年一月一六日までの間、生活保護法による生活扶助及び医療扶助を受け、同福祉事務所は右費用として生活扶助として金一万六、七〇二円、医療扶助として金一〇四万二、七一〇円を支出したことが認められ、したがって、亡猪一は同福祉事務所に対して右費用を返還しなければならない(生活保護法第六三条参照)のであるから、右のうち治療費に相当する医療扶助分金一〇四万二、七一〇円は同人が本件事故により被った損害というべく(なお、生活扶助分は生活費に該るから、損害ということはできない。)、原告らがそれぞれの法定相続分に応じて亡猪一の損害賠償請求権を相続したことは前示のとおりであるから、右金一〇四万二、七一〇円は、原告笠井ヨシが金三四万七、五七〇円、その余の原告らがそれぞれ金二三万一、七一三円あて承継したことになる。

3  亡猪一の損害

(一)  逸失利益

(1) 亡猪一の職歴及び神奈川化成における得べかりし給料等の喪失

《証拠省略》を総合すれば、亡猪一は、明治四五年一月二日生まれで本件事故による死亡当時満六一歳の健康な男子であり、日大経済学部を卒業後、昭和一九年から同四二年一月停年退職するに至るまで、北海道農業協同組合連合会札幌本部(以下「北農連」という。)に勤務し、その後、銀行、中学校等の宿直員を経て、同四六年一〇月から本件事故に遭うまで神奈川化成に宿直員として勤務していたところ、亡猪一は、神奈川化成から、本件事故前の昭和四七年九月から一一月までの三か月間に総額金一四万九四三円、すなわち一月平均金四万六、九八一円の給料(本給及び付加給の合計)のほかに昭和四七年一年間で合計金四万円の賞与をそれぞれ支給されたこと、及び神奈川化成の職員の給与の毎年の昇給率は少なくとも一〇パーセントを下らなかったことが認められ、したがって、亡猪一は、本件事故当時、神奈川化成宿直員として年間金六〇万三、七七二円(月額金五万三一四円)の収入をあげえたものというべきところ、神奈川化成の職員の昇給基準が年一〇パーセントを下らないとの上叙事実に当裁判所に顕著な労働大臣官房統計情報部編の昭和四八年ないし昭和五〇年までの各年の「賃金構造基本統計調査報告」第一巻第一表による産業計、企業規模計・学歴計・一般男子労働者の平均賃金の上昇傾向を勘案すると、亡猪一は、本件事故による死亡の日から昭和四八年三月三一日までは上掲事故当時の収入を、昭和四八年四月一日から同四九年三月三一日まで、同年四月一日から昭和五〇年三月三一日まではそれぞれ前年度の収入の一〇パーセント増の収入を、昭和五〇年四月一日以降は対前年度(昭和四九年度)の収入の一〇パーセント増の収入を後記稼働可能期間の終期に至るまであげえたものと推認するを相当とし、亡猪一が北農連を停年退職した後に第二次就職として神奈川化成へ宿直員として勤務するに至った前記認定の経緯に弁論の全趣旨を総合すると、亡猪一の神奈川化成における勤務には格別停年が定められていなかったものと認められ、当裁判所に顕著な昭和四七年簡易生命表によれば六一歳男子の平均余命年数は一六・〇四年であるから、亡猪一は本件事故により死亡しなければ、少なくともその後満六九歳に達した年(昭和五六年)の二月一七日まで八年間にわたり、神奈川化成に勤務して前示の各年収を得ることができたものと推認すべきである。以上を基礎として、ライプニッツ方式により年五分の中間利息を控除して同人の得べかりし給料及び賞与の死亡時における現価を算定すると、金四九七万三、七〇五円となる。

なお、原告らは、亡猪一は神奈川化成に勤務中毎年年額金六万円を下らない昇給を続けたはずである旨主張し、神奈川化成における社員の昇給基準は年一回で、少なくとも一〇パーセントを下らなかったことは前記認定のとおりであるが、この昇給基準又は同率を下らないベースアップが将来も維持されるか否かは《証拠省略》によるも必ずしも明白とはいい難く、他にこの点を認めるに足りる証拠はないから、原告らの右主張は採用するに由ない。

(2) 農林漁業団体職員共済組合法に基づく退職年金の逸失利益

《証拠省略》を総合すれば、亡猪一は、農林漁業団体職員共済組合法に基づき退職年金を受給していたところ、本件事故による死亡の結果、同法第三六条の規定により右年金を受給することができなくなったのであるが、亡猪一が本件事故で死亡しなければ今後一六年間(前示平均余命年数)生存し、昭和四八年三月から同年九月までは年額金三六万三、六四四円の割合で、同年一〇月は年額金四四万八、七三八円の割合で、同年一一月から同四九年七月までは年額金五〇万八、八〇〇円の割合で、同年八月は年額金五八万六、〇八〇円の割合で、同年九月から同六四年二月までは年額金六二万二、一四四円の割合でそれぞれ右退職年金を得られるはずであったことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない(原告らは右年金額は毎年約一〇パーセントずつ上昇する旨主張するが、将来分については不確定要素が多く、これを認めることは困難といわざるをえない。)。しかして、右退職年金受給利益の喪失額をライプニッツ方式により年五分の中間利息を控除して昭和四八年三月現在の価額を算出すると金六五〇万三、七〇三円となる。

ところで、原告笠井ヨシは、猪一の死亡により、共済組合から、遺族年金として亡猪一の受給しうべき退職年金額の半額を同原告の死亡に至るまで受給することができ、その給付目的は後記説示の退職年金と同様であるところ、同原告の余命年数が亡猪一の余命年数を超えること明らかであるから(原告笠井ヨシ本人尋問の結果によると、同原告は、大正一〇年二月八日生まれで、本件事故当時満五一歳で前示昭和四七年簡易生命表によるとその余命年数は二七・九五年である。)、亡猪一の退職年金受給利益の喪失による損害額のうち、原告笠井ヨシについては、その相続取得しうる額より亡猪一の受給しうべかりし前示退職年金額から年五分の中間利息を控除した昭和四八年三月現在の価額の半額に相当する遺族年金額金三二五万一、八五一円を控除すべきである。

被告らは、右退職年金受給利益の喪失による損害は、亡猪一が労働能力を喪失したことによって喪失した所得ではなく、亡猪一が生存している限り稼働能力とは全く関係なく支給されるものであるから、逸失利益とはならないし、また、右退職年金は組合員及びその扶養家族の生活保障を目的とする一身専属的な給付であり、本人が死亡した場合には右年金の受給権は消滅し、その扶養遺族に対する遺族年金に転換するから、右退職年金受給利益喪失による損害賠償請求権の相続は認められない旨主張する。しかし、右前段の主張については、生命又は身体の侵害による逸失利益の損害とは、侵害がなかったならば被害者が取得できたはずの現実的な利益ないし所得の喪失と解すべきであるのみならず、農林漁業団体職員共済組合法に基づく共済年金の額は勤務年数、給与額等により決定されるものであって、稼働能力と全く関連性がないものといい難いから(殊に障害年金の場合はその関連性は明白である。)、被告の主張は採用しえないものというべく、また、右後段の主張については、農林漁業団体職員共済組合法に基づく退職年金等は本人のみならずその者の収入に依存する家族に対する損失補償ないし生活補償の目的をもって支給されるものであり、右年金の受給権それ自体は受給権者の死亡により消滅するから、相続の対象となりえず、一身専属的権利であることは明らかであるけれども、受給権者が生存しておれば、受けえたであろう右年金の受給利益の喪失は前段説示の理由から逸失利益と解するを相当とし、その損害賠償請求権は、相続の対象となるを何ら妨げないものというべきである。したがって、被告の右後段の主張も採用することができない。

(3) 生活費

《証拠省略》によれば、本件事故当時、亡猪一は、子供達が既に結婚して独立して生計を営んでいたため、原告笠井ヨシと二人だけで生活していたところ、同原告が株式会社イトーヨーカ堂男子寮の寮母として同寮内に住込み勤務していたので、亡猪一も右寮内に住み食事も右寮内の食堂を利用していたことが認められ、右事実を考慮すると、亡猪一の収入に占める生活費の割合は前示平均余命年数一六年を通じて三割と認めるのが相当である。

よって前記(1)及び(2)の逸失利益の合計金一、一四七万七、四〇八円から生活費三割を損益相殺すると、金八〇三万四、一八五円となる。

(4) 逸失利益の相続

以上によれば亡猪一の逸失利益額は金八〇三万四、一八五円になるところ、その損害賠償請求権を原告らがそれぞれの法定相続分に応じて相続したことは前示のとおりであるから、結局、原告笠井ヨシが金二六七万八、〇六一円、その余の原告らがそれぞれ金一七八万五、三七四円あて承継したことになるところ、原告笠井ヨシについては、前記説示のとおり、右相続により取得した逸失利益中退職年金受給利益に関する部分(金一五一万七、五三〇円)は前記受給しうべき遺族年金額の限度において減縮するを相当とするから、その逸失利益の残額は金一一六万五三一円となる。

(二)  慰藉料

亡猪一が、前記認定の本件事故による傷害及びこれに基づく死亡により精神的苦痛を被ったことは明らかであり、これに対する慰藉料額は金一五〇万円と認めるを相当とする。しかして、右慰藉料請求権は、右請求権を放棄したものと認めうる特別の事情のない本件においては、相続の対象となるものと解すべきであるから(最高裁判所昭和三八年(オ)第一四〇八号。同四二年一一月一日大法廷判決参照)、原告らはそれぞれ前示法定相続分に応じて亡猪一の慰藉料請求権を相続したものであり、したがって、原告笠井ヨシは金五〇万円、その余の原告らはそれぞれ金三三万三、三三三円あて承継したことになる。

4  原告ら固有の慰藉料

前記認定の本件事故の態様、亡猪一の年令、本件事故当時の家族構成、同人と原告らとの身分関係その他本件に顕れた諸事情を考慮すると、亡猪一の過失を斟酌しない場合、本件事故で亡猪一が死亡したことにより原告らの被った精神的損害に対する慰藉料の額は、原告笠井ヨシにつき金五〇〇万円、その余の原告らにつき各金五〇万円が相当と認められる。

5  過失相殺

被告大塚組が、原告らに対し、本件事故に関する損害金のうち、治療費金五二万一、三四五円、診断書料金一、五〇〇円、部屋代差額金九万一、八七〇円、雑費金三万二、四〇〇円(内訳は抗弁2(一)(5)のうちから香典を除いた分)を支払ったことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨に徴すると、右金員合計金六四万七、一一五円は、原告らの本訴請求に含まれていないことは明らかであるところ、原告らは右損害額をそれぞれの相続分に応じて負担したものと推認するを相当とするから、原告らの右損害負担額は、原告笠井ヨシは金二一万五、七〇五円、その余の原告らはそれぞれ金一四万三、八〇三円となる。

してみれば、原告らの損害額は、前記1ないし4の損害額に右の本訴請求外の損害を合算した額、すなわち原告笠井ヨシは金七三七万六、〇七六円、その余の原告らは各金三〇九万五、七三六円となるところ、前示過失相殺による二割の減額をすると、原告笠井ヨシは五九〇万八六〇円、その余の原告らは各金二四七万六、五八八円となる。

なお被告らは、亡猪一は健康保険又は日雇労働者健康保険から傷病手当金として金四万四、八〇〇円を給付されているから補償ずみの損害をも含めた全損害額につき過失相殺をし、よって得られる賠償責任額から右給付分を控除すべき旨主張するが、健康保険ないし日雇労働者健康保険による給付(以下「健保給付」という。)は、被保険者の業務外の事由による疾病、負傷等に関し、被保険者に原則としてできる限り完全な補償を与え、保護しようとする制度であって、負傷等が第三者の行為に起因する場合でも、加害者たる第三者から被害者たる被保険者が賠償を受けうる限度でのみ補償を与えようとするものではないから、被害者としては、たとえ過失相殺により、給付されるべき健保給付額を下回る賠償額しか加害者に請求しえない場合であっても、これがために保険給付額が低減されることはなく、他方、加害者としては、健保給付金の求償を受けた場合、求償全額についてこれに応ずる必要はなく、被害者の過失を斟酌して減額した部分についてのみ応ずれば足りるものと解されるから、加害者の任意支払の場合と異なり、健保給付分は被害者の被った全損害額からまずこれを控除し、残余の損害について過失相殺すべきものと解するを相当とし、したがってまた、過失相殺により得られる賠償責任額においては、すでに健保給付分は控除済みということになるから、被告らの前記主張は理由がないというほかない。

6  損害のてん補ないし弁済

被告大塚組が原告らに対して治療費、診断書料、部屋代差額、雑費(香典を除く。)合計金六四万七、一一五円を支払ったことは前示のとおりであるが、右のほか、原告らが本件事故に関し責任保険より金四八二万九、七〇〇円を受領したこと及び同被告が原告らに対し葬儀費として一七万三〇〇円を支払ったことは当事者間に争いがなく、以上によれば原告らは本件事故による損害のてん補ないし弁済として合計金五六四万七、一一五円を受領したことになる(香典は、特段の事情のない限り遺族に対する贈与と解され、本件では右特段の事情は認められないから、損害のてん補にならない。)。しかして弁論の全趣旨によれば、原告らは右金五六四万七、一一五円を相続分に応じて、すなわち、原告笠井ヨシが金一八八万二、三七一円、その余の原告らが各金一二五万四、九一四円あてそれぞれの損害のてん補に充てたものと認められるから、これらの金員を前記過失相殺後の各原告の損害額より差し引くと、各原告の請求しうる損害額は、原告笠井ヨシは金四〇一万八、四八九円、その余の原告らは各金一二二万一、六七四円となる。

7  弁護士費用

以上のとおり、被告大塚組及び同安藤各自に対し、原告笠井ヨシは金四〇一万八、四八九円、その余の原告らはそれぞれ金一二二万一、六七四円の損害賠償請求権を有するところ、《証拠省略》によれば、被告大塚組及び同安藤は任意に支払をしないので、原告らはやむなく本件訴訟の提起、追行を弁護士松田武に委任し、その費用として原告笠井ヨシが金三〇万円、その余の原告らがそれぞれ金二〇万円を支払ったことが認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過、事件の難易、原告らの各損害額等にかんがみると、本件事故と相当因果関係ある損害は、原告笠井ヨシにつき金三〇万円、その余の原告らにつきそれぞれ金一二万円と認めるを相当とする。

8  合計額

以上によると、被告大塚組及び同安藤各自に対して請求しうる損害額の合計は、原告笠井ヨシは金四三一万八、四八九円、その余の原告らはそれぞれ金一三四万一、六七四円となる。

(被告住友海上に対する請求)

六 当裁判所は、原告らの被告住友海上に対する請求は理由がないものと判断する。すなわち、

被告住友海上が被告大塚組との間で原告ら主張内容の本件保険契約を締結していたことは当事者間に争いがないから、同被告は保険契約上被告住友海上に対して、自己が前示のとおり原告らに損害賠償責任を負うことによって受けた損害額のてん補請求権すなわち保険金請求権を有すべきところ、原告らの被告住友海上に対する本訴請求は、原告らの被告大塚組に対する前示損害賠償債権を保全するため、被告大塚組が被告住友海上に対して有する右保険金請求権を民法第四二三条第一項本文の規定により代位行使するものであるから、右請求権を代位行使するには、債務者である被告大塚組の資力が前記債権を弁済するについて十分でないときであることを要すると解すべきである。なお、原告らは、この点につき債務者の無資力を要件としない旨主張するが、右主張は採用の限りでない(最高裁判所昭和四七年(オ)第一二七九号。同四九年一一月二九日第三小法廷判決参照)。

そこで、被告大塚組の資力につき検討するに、《証拠省略》によれば、同被告は、昭和四一年六月に設立された資本金六〇〇万円、従業員数二八名の土木建築基礎工事業を目的とする有限会社で、昭和四九年五月末の決算における総売上高は二億七、七〇〇万円余にのぼり、同被告の同年五月末における資産状態は、流動資産(この中には、預金三、五七八万七、八五七円を含む)と有形固定資産を合算しただけでも負債総額を約二、三八〇万円うわまわっていて、その後現在まで右資産構成に大幅な変化はみられず、更に、同被告の営業状態は、同四八年の決算では約一、二〇〇万円、翌四九年の決算では約八五五万円(繰越利益を含むと九九二万円)の利益をあげており、同五〇年の決算においても諸経費高騰にもかかわらず、前年の半分程度の利益が見込まれ、なお、主要得意先からの受注は順調で資金繰りも別段苦慮していないことが認められ、以上の被告大塚組の資産状態、営業規模、営業状態等からすれば、前示賠償責任額の支払についてとうてい無資力ということはできない。したがって、原告らの被告住友海上に対する任意保険金の代位請求は、その余の点を判断するまでもなく、前記の要件を欠き許されないものといわざるをえない。

(むすび)

七 よって、原告らの本訴請求は、被告大塚組及び同安藤の各自に対し、原告笠井ヨシは金四三一万八、四八九円及びこれから弁護士費用を除いた金四〇一万八、四八九円に対する本件事故発生の日の後である昭和四七年一二月九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、その余の原告らは各金一三四万一、六七四円及びこれから弁護士費用を除いた金一二二万一、六七四円に対する右同日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らの被告大塚組及び同安藤に対するその余の請求並びに被告住友海上に対する請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条及び第九三条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 島内乗統 信濃孝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例